聖徳太子、蘇我氏、法隆寺への妄想

聖徳太子が虚構の世界の人物と言われていますね。

実際は分かりませんが、聖徳太子と呼ばれる人はいなかったかもしれません。

厩戸皇子は実在したんじゃないでしょうかね。


ここからいよいよ
聖徳太子=厩戸皇子ということで妄想していきます。


今に伝えられる一度に何人もの話を理解した云々のくだりは伝説として
日本書紀に伝えられている数々の業績は
一部話がでかくなっていたとしても史実から来ているんじゃないですかね。


法隆寺は現存してますし
四天王寺もありますし
遣隋使という話は中国史書にすら残っていますし


しかも聖徳太子信仰としてかなりの数の民衆にまで
信仰心が芽生えたくらい当時大きな存在だったはずです。


蘇我氏との様々な業績もほとんどやってきたことなんじゃないですかね。


戦後史学では蘇我氏の存在すらいろんな説が出てきていますけど

厩戸皇子と蘇我氏で仏教を取りいれた新しい国家建設をやったのは
間違いないでしょうね。


なぜ仏教を取りいれたかで、百済から伝わってきたから
先祖の系譜で高麗とかいう名前があって
蘇我氏は朝鮮系だとかありますが、もちろん朝鮮系の渡来人との
血が混ざっているかもしれませんが、蘇我氏もヤマトの地の豪族系なんだと
思いますよ。


とにかく百済から日本に亡命してきた人々を受け入れたのが蘇我氏たちの
功績ですね。


仏教を取りいれて百済の民との友好を深めたんでしょう。


もちろん 対中国対策もあります。


法隆寺に関しては 以前からキリスト教の影響もあると思っていましたが
法隆寺はヘレニズム的なさまざまな文化を取りいれた寺院だと思いますよ。


話が取りとめもない散文になってしまいましたが

厩戸皇子は蘇我氏と
百済からの渡来人を受け入れて
新しい体制で日本を守る

そして隋に堂々と日出処の天子として宣言したんじゃないでしょうかね。















スポンサーリンク


この記事を読まれた方はこちらの記事も読まれています

関連記事





アラフォー美人女優は女神

ページ上部へ戻る

无觅相关文章插件,快速提升流量